「新撰組血風録」 司馬 遼太郎 : 角川文庫
北京出張中に読了。1964 年に刊行された司馬遼太郎の短編集。この本も「燃えよ剣」と同じく、たぶん二十年ぶりぐらいの再読かも。
本書では近藤勇や土方歳三といったメジャーな人物だけでなく、普通の隊士にもスポットが当たっているのだけど、中でも興味深いのは「池田屋異聞」の主役、監察の山崎蒸である。町医者の息子として生まれた山崎は何不自由なく暮らすが、やがて彼の家にはどうも秘密があるらしいことを知る。親に聞いてもはぐらかされて一向に教えてくれない。しかし通ってる道場にはその秘密を知ってる者がいるようで、彼らは山崎のことをひどく嫌ってる。道場の娘も冷たくあしらう。いったい何故なのか。
ある時彼は大高忠兵衛という具足師に出会う。具足師という身分の割にはやたらと尊大で、なぜか周りからちやほやされていた。実は大高は忠臣蔵四十七士の一人、大高源吾忠雄の曾孫あたるのだった。先祖の功績のお陰で大高家は名門となり、身分以上の扱いを受けているというわけだ。
その大高との出会いをきっかけに、山崎は自分の先祖が討入り寸前に逃げ出した赤穂藩の重臣、奥野将監であることを知る。ただでさえ討入りに参加しなかった赤穂藩士は、その後世間から時には犬畜生扱いされて、仕方なく名前や出身を偽って隠れ住んだりしたほど冷遇の憂き目にあったらしい。しかも山崎の祖先の場合、武士として最も卑下される敵前逃亡犯である。山崎の親もかつて通った道場の連中も、皆とっくにそのことを知っていた。愕然とする山崎。
やがて山崎と大高は敵同士となり、山崎は白刃で大高の死肉を狂気のように叩き割る。その山崎も、数年後鳥羽・伏見の戦いで負傷し、敗走する幕府軍の船上で死亡、新撰組唯一の水葬に付される運命にあった。義士となって死ぬか、生きながらえて日陰の身になるか。後者を選んだ男の子孫が、巡り巡って脱退者には死あるのみの御法度を持つ新撰組にいる、というのは実にドラマチックではあるが、ある意味皮肉でもある。
ちなみに現在 NHK にて放送中の「新撰組!」では、山崎蒸は登場しないようだ。残念。