あと四ヶ月に迫った北京オリンピック。ギリシャから始まった聖火リレーは、そのギリシャはもとよりトルコ、イギリス、そしてフランスで強烈な抗議行動を受けて大混乱に陥っている。これらの様子は中国国内にももちろん伝えられている。しかし当然ながらその論調は「極少数のチベット独立推進派による暴力行為」という名目である。
これらを受け、中国では民族主義意識が激しく刺激されているようだ。中国ローカルのポータルサイト「捜狐」をのぞいてみると、そこは正に反欧米一色の世界。掲示板には「聖火を守れなかったのは警備上の問題だ」「イギリスとフランスの五輪参加資格を剥奪しろ」やらの書き込みが目立つ。当然ながら抗議行動に理解を示したり、チベット人を擁護するような書き込みは、私が見た限りでは皆無である。
中国は近年の急激な経済発展に伴い、物価上昇や環境問題、食の安全、政治の腐敗など様々な問題が噴出している。普段はこれらをネタに中国政府の政策を批判する意見もたまに見られる。しかしこと「台湾」や「チベット」など民族や国家統一の問題になると、瞬時に愛国主義一色となる。
中国には全部で五十六の民族が暮らしているが、人口比のうち 90% を占めるのは漢族である。彼らはその歴史上、古から他の民族に対する根強い優越感がある。いわゆるところの「中華思想」というもので、世界で最も優秀な民族である自分たちが他の民族を征服し同化できるのは当然、それが唯一無二の秩序確立方法であると考えられてきた。逆に自分たちの秩序や優越感に謀反を起こす者がいれば、いたく自尊心が傷つけられる。「面子がつぶされる」わけである。するとどうなるか。徹底的に否定する。弾圧する。叩きつぶす。逆らう者は虐殺する。もちろん相手の立場を慮るとか、自分の行いを省みるということはしない。なぜなら自分たちは優越者であり、世界でただ一つの正義だからだ。
中華思想から生まれた中国の民族主義は、最近過激さを増しているように思える。1989 年の天安門事件以来、中国共産党の求心力を取り戻すため、江沢民が指示して強化された愛国主義教育の結果といわれる。実際、その「愛国主義教育」ど真ん中である会社の若い連中に、先頃のチベット暴動や今度の聖火リレー抗議行動のことを聞いてみると、中国国内の新聞やテレビ報道(チベット暴動は一部独立派が企てた悪事であり、聖火リレーの混乱は『抗議』ではなく『悪質な妨害』である)が全て正しいとは思わないけれども、しかし今の中国のやっていることが間違っているとは全く思わない、という答えであった。そうなのか。教育の大切さと恐ろしさを、改めて垣間見た思いである。
聖火リレーは明日にはアメリカに行く。恐らくはイギリスやフランス以上に激しい抗議行動が行われるに違いない。日本は 4/26 だったか。さすがに日本では欧米のような激しい行動は起きないと思うが、ネットでは聖火リレーに合わせて沿道をチベット国旗で埋め尽くす計画があるらしい。個人的には是非ともやってくれと思うが、しかしもし本当にそれをやったとしたらどうなるか。中華思想は強者の論理であり、そして強者はとりあえず一番弱い相手に噛みつく。今の欧米に対する反発や怒りの矛先が、どういうわけだか日本だけに集中していく予感がもの凄くする。オリンピックを前にもう一悶着ありそうで、中国で暮らす日本人としても警戒は忘れてはいけないと思う。
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