生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891) 福岡 伸一 講談社 2007-05-18 売り上げランキング : 85 おすすめ平均 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
昨年あちこちで話題になり、すでに大ベストセラーとなっている本作だが、相変わらず流行に疎い私は今頃読了。
生物の遺伝子構造や成り立ちを初めて知ったのは、高校生の時に読んだ某科学雑誌だった。衝撃であった。こんなにも多様で複雑な構造と機能を持っている生物であるのに、それを作り出す元になっているのは、たった四つの塩基であるという事実。それらが順列的に組み合わされることで生成されるタンパク質が、生命活動の全てを担っているという厳格でシンプルな解。そしてそれらを記述する二本の紐が相補的に絡まり合い、まるで輪舞曲を踊っているかのように描く二重らせんの構造美。震えがくるほど感動したものである。
本書は第一線の分子生物学の著者が、DNA 発見の歴史の舞台裏を紹介しながら、自身の研究テーマである膵臓の消化酵素タンパク質分泌の仕組みを通して、生物とは一体何か、生物と無生物を分かつものはなんなのかを問いかけるもの。
著者はその答えとして「動的平衡」という概念を提唱するのだが、それ自体も実に興味深いながら、本書に出てくる分子生物学の考え方が面白い。動的平衡という考え方は本来的には生命科学の話なのだろうけれど、むしろ人間社会を見る視点のようにも思える。特に遺伝子ノックアウトが補完されるところの記述なぞは、もう社会システムそのものの記述だと言われても疑問に思わない気がする。
本来はおそろしく専門的なネタではあるが、先人達の逸話(野口英世や量子物理学者のシュレーディンガー、二重らせん構造を発見したワトソンとクリックなどが登場する)と筆者の研究人生を織り込みつつ書かれていることで、分子生物学の知識がなくても十分にわかりやすく興味を失わずに読める。難しいことを難しく話すのは簡単だが、誰にでも理解できるように話すのは非常に高度なテクニックと才能を必要とする。しっとりと語り掛けるような静かな話術とロマンチックな詩的表現、終盤に出てくる研究の進展と共に徐々に高まる期待感とその結論、その後に続くエピローグの淡々とした語り口は、優れた理学書にとどまらず、第一級の文学作品と言っても過言ではない。売れている本というのは、やはり理由がある。
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