仕事を終えて、少し急ぎ足で会社の駐車場へ歩く。つい一ヶ月前とくらべると明らかに変化した大気の水蒸気含有度を証明するかのごとく吐く息も白く霞む。空を見上げると、北斗七星がちょうど天頂付近に鎮座ましましている。ひしゃくの柄のカーブをそのまま南に辿ると牛飼い座のアルクトゥールス、さらに南へ下ればおとめ座のスピカが青白く瞬く。
この星は、太陽の数十倍の直径を持つ巨大な恒星である。しかしその大きさとは裏腹に、誕生してからまだ百万年程度と、宇宙的スケールからすれば生まれたばかりの赤ちゃん星だ。だがその大きさゆえに、星の内部では猛烈な勢いで核融合反応が進みつつある。星を燃やす燃料のヘリウムが毎秒何十億トンという途方もないスピードでより重い物質へ変化し、それらが星の中心部に落ち込み巨大な核を形成していく。そしてやがて自らの重みに堪えかねて、重力崩壊という壮絶な死を迎える。そして大きく明るい星ほど、そのサイクルが短い宿命を背負う。誕生間もないというのに、あっという間に燃え尽きる運命を定められている星。それがスピカである。
そうした激しい素性をもつスピカの、本来のぎらぎらとした青白い炎の色が、初春の霞んだ大気というフィルタを通すと、ほんの少しだけ弱められる。そこがまた物腰柔らかく、何と言うか、微かに香水の匂いがしてきそうな、そんな女性的な色になるのだ。夜更け過ぎにこの星が空の真上にやってくると、冷たい冬がようやく終わって、そしてもうすぐ春がやって来る、と毎年思うのである。
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