「燃えよ剣(上)(下)」 司馬遼太郎: 新潮文庫
新選組の「鬼の副長」として恐れられ、剣に生き剣に死んだ男、土方歳三の生涯を書いた、言うまでもない名著にして大ベストセラー。本屋に行ったら新撰組関連本コーナーのど真ん中に積んであり、吸い寄せられるように購入。
タイトルにつられ、親父の本棚から失敬してこの本を最初に読んだのは、もうかれこれ二十年ほど前だろうか。高校生だった私が初めて体験した司馬文学は、筆圧の高いやたら迫力のある文体という印象の反面、まるで箇条書きのような淡々とした文章が、ちょっと取っつきにくく感じたおぼえがある。それから幾星霜。こうして改めて読み返してみると、たしかに淡々とした文体という印象は変わらないが、史実を丹念に追いつつも物語を盛り上がらせる様々な状況設定はさすが巧いと感ずる。兵としても軍略家としても優れ、冷酷な「剣の鬼」と恐れられた一方で、容姿端麗なくせに女には純情で、下手な俳句を連発するというどこか憎めない性格付けなぞは、正に「人は剣のみに生きるにあらず」という案配。まあ決してただの「いい人」で終わらせてはいないのだが。
それにしても強い組織を作って戦いに勝つことだけに執念を燃やす土方が、自分の命の炎を燃やしながら時流に逆らって戦い抜いていく生き様は、やはり凄まじいものがある。「男は自分の考える美しさに殉ずべき」という己の美学のみを拠り所にし、そしてそのために死んでいくという生き様。今の時代、到底この人のようには生きられないし、また生きようとも思わないが、しかしなにかこう、男として無性に憧れる大きな魅力があるのである。
そういえば土方歳三が五稜郭の露と消えた年齢を、私もいつの間にか越えてしまった。いかに生きるかより、どう死ぬべきか。そろそろ考えてもいいだろうか。
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