「燻り」 黒川博行: 講談社文庫
「疫病神」、「国境」を読了以来、ちょっと集中的に読もうと思っている作家の作品。今回は短編集。
本書のタイトル「燻り」のそのものの意味は、火がよく燃えず煙ばかり出ることなのだが、解説によれば、実際は関西の暴力団の隠語で、賭博場に顔を出すものの金も度胸もなく勝ち馬の後ろにいる連中、即ちうだつの上がらないチンピラのことを指すのだという。しかし本書に収録された九編の作品には、警察官や刑事、学校の教師なども登場し、一概にヤクザやチンピラばかりがテーマというわけではない。ただ「何かデカイことをやろうとして失敗するちっぽけな人間の分不相応」という意味では、ヤクザもそれ以外の犯人たちも哀しいほどに「燻り」的な側面を抱えているという点では共通する。
全作品には統一したテーマは、「人生の根底にあがく人々」である。どいつもこいつも「人生のどん底」にある主人公たち。そこに至ってしまったのは誰のせいでもなく自分の馬鹿さ加減がためなのだが、それに気づくか気づかざるか、ちょっとでも這い上がろうと何かしらの行動を起す。するとその行動がすべて裏目に出てしまい、最後には更に人生を落ち込んでいくことになる。
こんな話を普通に書いたらただ暗いだけのドツボ小説になりそうなところだが、不思議と不快感を残すことがないのだ。それはおそらく主人公たちは皆が皆、楽天家だからなのだろう。最悪の結末を迎えていても、この行間からにじみ出てくる「まあ、何とかなるがな」という思いが、底知れぬ妙な可笑しさとなっている。これはもちろん黒川博行の筆力もさることながら、全編に流れる大阪弁の独特の語感が、そう感じさせるに違いない。
ただ残念なのは、どの話も非常に短いこと。せっかくおもろい話なのに、これからもう一波乱という時にブツッと終わってしまうようなもどかしさを感じる。まあ短編集なのだから当たり前といえばそうだが、やはりこの人は長編の方に魅力があると思う。
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