東日本大震災の発生、そして原発の危機的状況など、あるサラリーマン一家の視点から描いた、福井晴敏の最新作。本作は震災発生から三ヶ月後に執筆を開始したそうで、「リアルタイムフィクション」とはなかなか言い得て妙。
本作では福井晴敏の過去の作品と違い、血湧き肉躍る戦闘シーンは無い。ヘリも戦車もイージス艦も潜水艦も出てこない。非情なテロリストもヒロイックな戦闘員も、もちろんモビルスーツも登場しない。主役はごくごく平凡なサラリーマン、それにその家族、そして普通の市井の人々である。
福井晴敏がこれまで世に出した作品はいくつかあるが、どれもが一貫して問うているのが「父性」とは何か、ということであると思われる。父性とは何だろうか。その答えはいくつかあるだろうが、その一つは、子供たちに対して未来を提示してあげることではないか。もちろん答えを出すのは子供たち自身。しかし心に「闇」を巣くらせてしまった子供たちへ、どんなに辛く、絶望的な状況であっても行く末には未来があり、希望があることを伝えていくのが父親の役目なのではないのか。この人はいつもそう問いかけている。
本作の主人公はどこか頼りない冴えない中年おっさんで、子供たちにどう接すればいいのか分からなくなってしまった情けない父親であるけれど、物語終盤、子供たちに向けて自らの言葉で未来を語る。これが実に熱い。暑苦しいまでに熱い。この熱さこそ福井作品のオヤジの役割であり、そういう意味では本作もまごう事なき骨太の福井作品である。
ところで登場人物のほとんどが市井の人々である本作で、唯一例外なのが主人公の父親である人物。物語当初から一般人らしからぬ雰囲気を醸し出しているが、終盤、かつて所属していた組織が明かされる。そうだったのか。さすがかつて福井作品ではおなじみのあの組織の長にいた人だけあって、いろいろな意味で只者ではない。いやしかし、地震ものもガンダムものもいいけれど、早く「市ヶ谷」シリーズを書いてくれないものか。
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