ローバー、火星を駆ける―僕らがスピリットとオポチュニティに託した夢 スティーヴ・スクワイヤーズ 早川書房 2007-09 売り上げランキング : 20487 おすすめ平均 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
2004 年に火星に着陸した二機のマーズ・エクスポラレーション・ローバー、「スピリット」「オポチュニティ」の開発経緯を、プロジェクト統括者自らがまとめた本。本書の冒頭に「しかしその前に、二機の探査機がケープカナベラルにあること自体がちょっとした奇跡だった」とあるが、本文を読み進めるとそれが比喩でも何でもなくまったくその通りだったことがよくわかる。
なにせ数千億円の予算をかけ、延べ四千人あまりの人たちを動かし、そして数億 km 彼方の火星に無事に探査ロボットを送り届け、さらには滞りなく動作、探査作業を行うのである。それも二台同時にだ。その苦労の並大抵ではなかったであろう様子は、私もエンジニアリング・プロジェクトに携わる人間の端くれとしてよくわかる。やってることの規模は全然違いますが。
ところで筆者はエンジニアでもなくもちろん役人でもない、本職は研究者である。アメリカというと、アイデアを出すのは研究者、それを実現させるのはエンジニア、予算や事務処理諸々は役人の仕事と、業務分掌ががっちり確立されていているのかと思ったが大間違いであった。探査計画のコンセプトをまとめ、プレゼン用の提案書類を書き、あえなくワシントンの官僚に却下され、めげずに計画を作り直し、再び膨大な提案書類を書き綴る。それを何度も何度も繰り返す。巨大プロジェクトを実現させるためにはスポ根漫画も真っ青な熱い決意と、「男汁」とも呼ぶべき濃度たっぷりの大量の汗が、本来頭脳を使って仕事をすべき研究者にも必要となる。どんな汁だか。
様々な問題を乗り越え、迫りくるスケジュールもなんとかこなし、打ち上げ、火星大気への突入、そしてランディング。着陸の衝撃を緩和するエアバッグが正常に働き、ローバーの無事を知らせる信号を受信した瞬間の描写は感動的である。本書前半の、ここまでに至る絶望感と焦燥感にすっかり感情移入しているからこそ、読んでいるこちらも「この日のために生きてきた」という筆者らの思いに涙すら出てくる。
その後の二台のローバーの大活躍はよく知られている。当初の稼働予定であった 90ソル(火星の一日である 24 時間 39 分を 1 ソルと呼ぶ)を大幅に超え、火星着陸から四年あまりたった現在でも無事に生きている。度重なる失敗にもめげることなく、そしてけして万全の体制で宇宙探査を進めているわけではない状況であっても、こうしていつかはプロジェクトを成功に導くことに、アメリカの底力というものを感じる。
余談だが、ローバーが何かの問題に陥り、うんとすんとも動かなくなった時に、最後の手段としてソフトウェアをシャットダウンし再起動させるために発行するコマンド名が「Shutdown_damned(シャットダウンしやがれ、くそったれ)」だというのには笑った。いやもうなんていうか、そういう名前をつける気持ちは痛いほどわかります。
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