ここのところの北京は急激に暖かくなっている。特に今週月曜日なぞは日中の最高気温が 22.3℃ まで上がり、春と言うより初夏に近い感覚であった。つい一ヶ月前まで猛烈な寒さに凍えていたのが嘘のようである。
ただし、今年に入ってからほとんど雨の降らない日が続いており、空気はカラカラに乾いている。実際におもてで測ったことはないが、私を雇用する北京の会社内の湿度計は 10% の目盛りから上に針が動くことはない。ここまで湿度が低いと、カラカラと言うよりもパキパキである。何がパキパキか。肌がだ。少し油断すると、顔と言わず手と言わず足と言わず腹と言わず、肌の表面がパキパキに乾燥する。白い粉を吹き、地割れのようなひび割れが生じる。風呂上がりなぞ顕著である。ほとんどタオルいらずで、ほっとけばいつの間にか髪も体も乾いているから水気を拭く手間がいらないのはいいけれど、余計な水分まで蒸発するから質が悪い。化粧水や保湿クリームをたっぷり塗っておかないと、乾燥からくる体のかゆみで眠れぬ夜を過ごすことになる。
乾燥して風が吹かない日が続くと、どこからともなく現れるのがスモッグである。近年の経済発展に伴い、爆発的なモータリゼイションによる大量の排気ガスに加え、工場や発電所(中国では石炭による火力発電所が非常に多い)から排出される排煙などが渾然一体となって大気中に滞留するわけである。
最近日本でも北京の空気の悪さはいろいろ報道されているようだが、あれは誇張でも何でもなく、実際洒落にならないほど半端ではない。以前より格段に多くなったと北京政府は胸を張るが、すっきり青空が広がることはあまりない。どんよりと灰色の空に光を失った黄色い太陽が浮かび、濃霧と見まがうスモッグが街を覆うというのが北京の典型的な天候である。いつも遠くの街並みはガスの向こうに隠れて見えないが、酷い時には視界が 100m に満たないこともある。東京にも「環八雲」というのがあるが、あれの濃度を十倍にし、それが市内の全域を覆い、なおかつ地上にまで降りてきたものを想像していただければよかろうか。
この状態で長年暮らしていれば、体のどこかがおかしくなるのも当然である。実際、中国人の呼吸器系疾患罹患率は非常に高い。中国人のマナーの悪さの一つにどこででも痰を吐くという行為があるが、あれは別にやりたくてやっているわけではない。こんな環境であれば痰も溜まれば喉や肺の一つもおかしくなるのは必定。痰ぐらい吐かなければ、喉がイガイガしてやっていけない。仕方ないのだ。大目に見てやってほしい。汚いけど。
人間の体というのはよくしたもので、こうした過酷な環境から防御しようとする力が内部から働く。鼻毛である。伸びるのである。異常なスピードである。油断するとボーボーである。私は体毛はそれほど濃い方ではない。日本にいた時は鼻毛の処理など、たまに思い出した時にでもすれば十分だった。それがこちらに来てからもの凄いスピードで伸びる。週に何度かきちんと処理しないと、あっという間にバカボンパパである。
どうでもいいが、こちらの人は鼻毛にあまり頓着しないらしい。普通のおっちゃん、おばちゃん(女性でも鼻毛が伸びていることが多い)はともかくとして、なかなか男前な若者も、パリッとスーツを着こなしたエリート・サラリーマンも、はたまたうら若き乙女でも、近づいてみると鼻毛がニョロッとはみ出ていることがよくある。いちいち切るのが面倒くさいのか。もしくは、はなから眼中にないのか。ええとそのなんだ、鼻毛だけにな。すいません。
しかし今年は何と言ってもオリンピックイヤーである。世界中から様々な人達が北京にやってくる。さすがにこのままじゃまずい。環境を重視したオリンピックと銘打っているのに「史上最悪の悪環境下で行われた五輪」などと言われた日には、世界の中心たる中華人民共和国様としては面子が立たない。
そこで北京政府としては、五輪期間中は車両の規制を行うほか、国の基準に達しない重度の汚染排出企業を操業停止にするなど、いくつかの対策も進めているという。政府の発表によれば、北京の空気は年々改善されており、1998 年に年間 100 日だった青空の日が 2007 年には 246 日にまで増え、空気中の汚染物質の量も 10~60% 減っているそうである。確かに私が北京に来た二年半前に比べると少しはマシになっているような気がしないでもないものの、まだまだ十分に汚い。素人の私でも屋外で運動をしようとする気にはサラサラならないし、ましてや世界最高峰のアスリート達が極限的な記録やスピードを競う場としてふさわしいかというと甚だ疑問である。
話はずれるが、去年の青空の日が 246 日て本当か?きちんと数えていたわけではないけれど、ここに住む者の実感としてはその四分の一もあれば良い方だと思うがどうか。どう考えても観測点を移動した(郊外の山の中など)としか思えない。先の毒餃子の時もそうだが、都合が悪くなると条件を適当に変えていい加減なデータを捻出するのは、この国の常套手段である。中国が発表する統計データは、正直言って全く信用できない。眉毛に思いっきり唾をつけて受け取る必要がある。なんてことは皆さん薄々分かってらっしゃると思いますが。
澄み渡った青空の下で白熱の競技が展開されるのか、はたまた灰色の油くさい霞の中で故障者が続出するのか。オリンピック開催まで、あと五ヶ月。はたして北京のスモッグは無くなるのだろうか。鼻毛の伸びるスピードを観察しつつ、生暖かく見守る私である。
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