今日から一泊二日の予定で、かみさんは旅行に出かけていった。友人と連れだってハルピンに氷祭りを見に行くという。ただで寒いこの時期に、さらに死ぬほど寒い中国東北地方に出かけ、しかも言うに事欠いて“氷祭り”などというタイトルを聞くだけで凍死しそうなイベントを見学するなぞ、寒いのが苦手な私に言わせれば酔狂もここに極まれりと思うのだが、まあそれはそれ、結構なことである。春近し女房元気で留守がいい。
ということで、この週末は私一人で北京の自宅で過ごすわけである。特にこれといった予定もない。ここ一ヶ月ほど仕事が異常に忙しかったことだし、朝はゆっくり起きて、腹が空いたら適当に飯を喰いに出かけ、スタバでコーヒーでも飲みながらたまった本を読み、気が向いたらジムで走り、夜は酒をチビチビ飲みつつ昨日から開幕したスウェディッシュ・ラリーの実況板に入り浸ろう。そうして思い切り自堕落に過ごすのだ。嗚呼、素晴らしきかな我が週末。
そんなわけで週末初日からさっそく朝寝を決め込む私であった。何の縛りも制限もなく、思うがままに惰眠を貪ることの何と幸せなことか。幸せなことか…。幸せなことか………。
ぐおっ。く、くるしいっ。
猫である。飼い猫のフェイツィさんである。いつもはかみさんと一緒に寝ているフェイツィ氏であるが、今朝早くかみさんはハルピンに旅立ってしまったので、仕方なく私の寝床にやって来たのだろう。いや、やって来ただけならいい。横に大人しく寝そべって一緒に夢の国を彷徨うのであれば何の咎めもない。しかしだ。俺の首の上で寝るのはやめてくれ。首の上にだらーっと寝広がって、まだ子猫とは言えすでに十分重たい 2.4kg の全体重を俺の喉仏にかけるのはよしてくれ。寝られない。と言うより息ができない。君は私を一時の惰眠に貪るだけでは飽きたらず、このまま永遠の眠りにつかせる気か。
仕方なく起き出して顔を洗い、ソファに腰掛ける。フェイツィさんがドングリまなこでじっとこちらを見ている。おおそうか、ご飯がまだだったか。キッチンから猫ご飯(通称“カラカラ”)を器に出してやり差し出すと、ガツガツと喰い出す。腹が減ってるならそう言ってくれ。
やれやれとノート PC を立ち上げてしばらくネットを徘徊。スウェディッシュ・ラリー初日のタイムを眺め、おおっ三菱ランサー WRC05 に乗ったガルデマイスターが SS1 で一番時計とはそりゃ凄い、初日暫定トップはグロンホルムかやっぱりスカンジナビアン伝説は今年も健在かねえ、ロウブはさすがに前半はトップスタートだったからタイムがあまりのびてないな、などと確認していると、再びなんとなく視線を感じて振り向く。またもやフェイツィさんである。
今度はなにやら遊びたそうなオーラを全身から発している。あーわかったわかった。仕方なく最近お気に入りの光線式のおもちゃを出して戦闘開始。これはボタンを押すとライトが光り、床や壁に当たった光の点を猫が追いかけ回して遊ぶものだが、光点を一点にじっとさせていてもなかなか猫の興味をひかないので、人間の方もあちこち走り回ってやらないといけない。狂ったように光を追いかけ回すフェイツィさんにつられ、こちらも徐々にヒートアップ。気がつくと肩で息がするほど家の中を走りまくってしまった。朝からハアハア言いながら汗水たらして何をやっとるんだ俺は。
その後もフィツィさんを適当にあしらいつつ、しばらくダラダラしたのち、腹が減ったので近所の麺屋に羊肉麺でも喰いに行こうかと思い立つ。飯を喰ったらスタバにでも寄って、コーヒー飲みつつ本でも読むか。先月日本から送られてきたあの本、最近忙しくて読む暇もなかったからなあ。
いそいそと支度を済ませ、さて出かけるかとドアノブに手をかけた瞬間、鼻腔にかすかに何かが臭ってくるのであった。そしてガサゴソと砂をかける音。フェイツィさんである。しかも今度はアレをやりやがった。大小でいえば間違いなく大きい方を。どうもこやつは人が出かけようとしたりご飯を食おうとするその直前に排泄行為、それも大の方に及ぶ傾向がある。単なる偶然か。あるいは故意か。もしや嫌がらせか。
ともかくも、排泄物を何とかしなければならない。ひり出されたブツは処理しなければ臭くてかなわない。仕方なくせっかく着たコートを脱ぎ、猫砂をかき分けてブツを見つけ出し、袋に縛って捨てる。やれやれとふと見ると、当のご本人は床に寝そべってのんびり毛繕いなぞしてくさる。貴様もいっぺん他人のひった大便を拾ってみんかい。と猫に愚痴ってみたところで聞く耳など持ってはいない。よし、わかった。もし生まれ変わったら俺は猫になる。しかも海外駐在員の家に住む飼い猫になる。そして思う存分うんこを出してやる。毎日毎日、これでもかこれでもかと山ほどひり出してやる。決定。今決めた。
羊肉麺を喰い、スタバでコーヒーを頼んで本を読み始める。やはり期待通りの面白さ。いいぞいいぞと読み進める。しかし、なんとなく集中出来ない。本は確かに面白い。スタバのコーヒーも、日本で飲むのとは微妙に味が違う気がしないでもないが、北京の他のコーヒー屋で飲む死ぬほど不味いコーヒーに比べれば遙かにマシだ。店内の様子も、中国の飲食店の騒々しさとは無縁でかなり静かなほう。落ち着いて本を読むには何の問題もない。それでも何かが気にかかるのだ。何かとても大事なものを、私は忘れてやいないか。
本を閉じ、足早に家へ帰る。扉を開けると、その私の気がかりは、ソファの上で丸くなってお昼寝の真っ最中であった。気がついたのか、足下に寄ってくるなり、あれ、もう帰ってきたの、ときょとんとした顔でじっとこちらを見つめるフェイツィさん。ラリーの続きも読み差しの本も、ゆっくり見たり読んだりする暇はあまりないかもしれないが、猫一匹と人一人、まあたまにはこんな週末もいいかも、と思う私である。
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