火星縦断 ジェフリー・A. ランディス Geoffrey A. Landis 小野田 和子 早川書房 2006-05 売り上げランキング : 5137 おすすめ平均 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
現役の宇宙開発現場の研究者であるジェフリー・A. ランディスの描く火星 SF。
舞台となる 2028 年にはすでに二次の火星有人探査が行われていたが、一次隊のブラジル船の乗員は着陸後に原因不明で死亡。二次隊の NASA 探査隊は無事着陸したものの、白癬菌の増殖という緊急事態で急遽帰還を決定。しかし帰路の金星スイングバイ時に爆発、消滅していた。これ以上失敗が許されない決死の思いで決行された三次火星探査隊だが、火星の南半球に無事着陸したものの、地球帰還の際に使用予定だった二次隊のバックアップ用帰還モジュールが予期せぬ事故で失われてしまう。往路に使用した船はすでに燃料がなく、地球からの支援の見込みはゼロ。残る手段は乗員の死亡で残された一次隊の宇宙船をなんとか使うしかないが、しかしそれは北極点にあるのだった。かくして三次隊乗員たちの、火星南半球から北極点まで 6,000km に及ぶ正に「火星縦断」の旅が始まった。次々に襲い来るアクシデントに次第に減るメンバ。北極点に到達したのは三人にすぎなかったが、帰還船に乗れるのは二人だけであった。
というストーリーであり、要するに火星を舞台とした冒険譚というところである。これがハリウッドの B 級エンタテインメント映画であれば、謎の異星文明か人工知能の反乱やらが起こって登場人物のスーパーヒーローがすぱっと解決。めでたしめでたしとなるところだが、さすが現役科学者の作品と言うべきか、そうした突飛なエピソードは一切無し。もちろん火星人はいない。異星文明もない。人工知能の反乱もなし。さらに地球からの援助も一切なし。スーパーヒーローは登場せず、特別な解決方法なし。現在の火星データと宇宙ミッションの実情を踏まえて、ひたすら冷静かつ冷徹に物語は進む。
だがさすがに NASA の現役バリバリの火星探査計画最前線に携わる科学者が書いた火星 SF だけあって、火星の様子は迫真の出来。微少重力や空の色、ごく薄い大気に吹く「風」の細かい描写、旅の途中に横たわる巨大なマリネリス峡谷の絶望的な断崖絶壁ぶりなど、なるほど実際に火星に降り立ったらきっとこういう感じになるのか、と思わせてくれる。
そうした SF ならではの科学的設定はもちろん面白いが、しかし本書のポイントは登場人物各々の人物描写であり、クルーの人生の物語がその主眼である。過去の経歴をひたすらに隠すアメリカ人船長、ブラジルの女性飛行士も暗い幼年時代を持ち、民間人(資金を集めるために行われた「火星くじ」の当選者)も実は大きな秘密を持っている。ひとりひとりのクルーに秘められた過去があり、人に言えない秘密がある。また探査隊に志願し火星へとやってきたのにもそれぞれに理由がある。ある者は火星そのものが目的であり、ある者は贖罪であり、ある者は鎮魂である。そして長く過酷な旅路の末に途中で怪我をし、精神的におかしくなり、そして死んでいく。火星縦断という途方もない旅の間に、それぞれのクルーの過去のエピソードをはさみこむことで、長く辛い、そして単調な旅にふくらみをもたせている。
しかしこの本が舞台となった年代まであと二十年あまり。有人火星探査は実現するんだろうか。
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