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翻訳家の岸本佐知子のエッセイ集。ずいぶん前に刊行されていた本だが、今頃になってようやく読了。
彼女の訳した小説、特にニコルソン・ベイカーの作品の大ファンなので、この人自身がどんな文章を書くのかとても興味があった。なにせベイカーの作品というと、主人公がエスカレーターに乗ってから降りるその僅かな時間に、靴紐が切れる理由、会社の便座の形、幼い頃の父との会話など、日常の些事を事細かに思考しつつ、その流れは四方に枝分かれし、それぞれが注釈となって同時進行するという、ただそれだけを描いた代表作「中二階」のようなキテレツなものばかり。こんな変わった本を翻訳する人は一体どういう人間なのかと、それこそ大変気になっていたのだった。
そしてこの本書である。食べ物を口に含んでスキップすると美味しくなるスキップ法、なぜ「シュワルツェネッガー」を「シュワルツネッガー」と発音してしまうのかなどなど、他人にとってはどうでもいいことをまじめに、延々と、かつスマートに論考していく。細部に神が宿るというが、細かいこと、どうでもいいことに徹底的にこだわり、考えなくては気が済まない。その結果をエッセイとしてまとめたこの作品は、ある意味、神懸かっているとさえ言える。本の帯タタキ通り、翻訳した本と同じく、やっぱりご本人も変わった人だった。
だが、ベイカー作品のような妙な小説を見事に翻訳する筆力はさすがに伊達ではない。どうでもいい事柄から笑いのツボを的確に見出し、一見クールな文体ながらじわじわとギャグやユーモアを浮かび上がらせる手法は、どこかベイカーと通じるものがあるような気がする。これだけの筆力、構成力があるのであれば、今後は翻訳家としてだけでなく、エッセイストとしても期待したい。
そういえば作者の日記サイト「実録・気になる部分」も私は大好きだったのだが、残念ながら 2003 年 1 月末を最後に更新が止まっている。是非とも再開していただきたいものだ。
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