「救命センター当直日誌」 浜辺祐一 : 集英社文庫
都立墨東病院の救急救命センターに勤務する医師による三冊目のエッセイ。前二冊(「こちら救命センター」「救命センターからの手紙」)はどこかシニカルで「引いた」ような色が濃く、激務に疲れた医師のボヤキという印象が強かったのだけど(もちろんどちらもとても面白い本だったが)、本作でそうしたトーンは薄れ、何か達観したような雰囲気がある。
仕事柄、医療現場に赴いたことが何度かあり、実際の病棟や診察室、ICU、救急救命室にも入ったことがある。なかでも救急救命室は独特の雰囲気に満ちている。何人もの人達が病気や怪我でここに運び込まれ、あるものは快復し、不幸にしてあるものは命を落とす現場。そうした場所が醸し出す「匂い」に、素人は決して足を踏み込んではならないと咎められているようで、いつも圧倒させられる。そしてそこで出会った医師から発せられるオーラたるや。たいていは穏和な紳士然とした外見なのに、その眼光の鋭さ、佇まい。自らの一瞬の判断が人の生死に大きく関与し、そして何人もの人間を目前で看取ってきたものだけがたどり着いた、ある種の達観がそうさせるのか。小心者の私なぞ、いつもその雰囲気に飲まれ、まともに仕事にならない。もっともそういうところに行く時は、ほとんどの場合、何かのトラブルで怒られいくからという事情もあるのだけど。
本書では、交通事故、自殺未遂、フグ中毒、食道静脈瘤破裂など、「死」に直面する場面の描写があまりに多い。もちろんそれは舞台が救命救急センターであるから当たり前なのだが、しかしともすれば単なるスプラッター小説になってもおかしくないのに、どれも実に軽快で粋な文章で構成され、人が死んでいく「暗さ」が全く感じられない。「最期を看取ってやるのも医者の仕事だ」というセリフは、正にこの人でなければ言えないのではないかと考えつつ、こういう医師になら最後を看取ってもらってもいいかも、とちょっとだけ思う。「忙しいんだから来るんじゃねえ」と怒られそうな気もするが。
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