「6ステイン」 福井晴敏 : 講談社
福井作品の重要な存在である防衛庁情報局、別名「市ヶ谷」。その「市ヶ谷」に属してはいれど、長編にはあまり登場しない「AP」と呼ばれる裏方の活動員を主人公にした、六編の短編集。
これまでの著作から、長編が得意な作家と勝手に思っていたのだけど、ここの収められている短篇はどれも長編なみにネタがぎっしりと詰まっていて、お得意の手に汗握る銃撃戦があり、泣かせる再度ストーリーあり、そして鮮やかな大どんでん返しがありと、こうしたプロットの構築がいちいちさすがの出来なのである。
また、六編とも世間から存在を秘匿された「市ヶ谷」の活動員が絡む物語なのだが、それが単なるスパイ小説にならないのが著者の描写力の賜物だろう。少年の救出、母や妻としての苦労、過去をひきずる男と娘の葛藤といった複線を巧みに折り込んで、冷徹で緊迫した諜報活動のすぐ隣に市井の人としてのごく普通の日常生活を配置してリアリティを醸し出している。生身の人間としての苦悩を描くことで逆に謀略に翻弄される工作員たちの活動に現実味を与えている、とでもいうか。この人はこういう人物背景の描き込みが本当に巧くて、登場人物のすべてに感情移入してしまう。
六編全てが出色の出来だが、中でも「媽媽」、「断ち切る」、「920 を待ちながら」の三作がお気に入り。特に「920 を待ちながら」 は著者の大ヒット作品である、あの小説のあの人物が登場する。なので、本作を単独で読んでも十分楽しめるが、できれば事前に代表作を読んでおくと、より以上にのめり込むことが出来る。
それにしても「亡国のイージス」と「終戦のローレライ」がそろって映画化されて、ついでに「戦国自衛隊」リメイク版の原作も担当と、もの凄い勢いで一気にメジャー化しつつある福井晴敏である。来年はどっぷりと「福井イヤー」になりそうな気配が濃厚ですなあ。
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