「夜啼きの森」 岩井志麻子 : 角川ホラー文庫
北京出張読了シリーズ第三弾。第六回日本ホラー小説大賞及び山本周五郎賞を受賞した「ぼっけえ、きょうてえ」と、直木賞候補に選ばれた「岡山女」に続く、岩井志麻子の「岡山シリーズ」三冊目。岡山の貧村を舞台とし、現実の事件である「津山三十人殺し」を下敷きとした本作は、短編集だった全二作と違って一本の長編だが、恐怖と官能が炸裂する岩井志麻子節は健在。
実際に起きた事件を元にしているので、悲劇的な出来事が最後に発生することはわかっているのだが、しかし本書ではあえて犯人を中心とせず、そこにいたるまでの村の人々の心の動きに焦点が当てられる。村の誰もが恐怖をはらんだ予感をいだき、ついに鬼が森から降りてくるまでを淡々と書きつづっているという印象。
だが隅々まで周到な配慮の行き届いた描写や、岡山出身者ならではの岡山弁を多用することによって生まれる独特のリズム、因習と血縁に縛られた息の詰まるよう共同体としての「村」の圧倒的な存在感、などなどを舞台装置として、嫉妬や欲情、挫折感や疎外感といった負の感情が、やがて狂気に変質していく筆力には圧倒させられる。狂気を暗示する「月」と、その月の光によって照らされ、村の中で発生する情念の吹き溜まりと化した「森」の使い方も効果的。こういう陰湿な恐怖感を書かせたら、今なら岩井志麻子に誰もかなうまい。
それにしても思うのは、今も昔も人の心は変わらないということである。題材となった事件が発生してから数十年たち、21 世紀を迎えて世の中がすっかり変わっても、根は同じような事件があいかわらず起きている。息詰まるような閉鎖された空間の中では、誰かを生け贄にして蔑むことでしか心の安寧が得られないのだろうか。人間とはかくも弱い生き物であり、お化けや妖怪なぞよりも、普通の人間が一番怖いと思うのである。
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