かつて天才的な数学者だったが、交通事故で頭部に外傷を負ったことにより 1975 年で記憶が止まり、それ以降のことは 80 分しか記憶が残らない「博士」。その家政婦として雇われた「私」。そして 10 歳で阪神タイガースファンの「私」の息子の三人の心の交流を描いた物語。
本書のタイトル通り、完全数、友愛数、素数、オイラーの公式など数学上の様々な発見や公式が、物語の中で次々に登場する。数式というと、それだけで拒絶反応を示す人もいるかもしれない。しかし博士にかかると、それらの数式たちがまるで一つの芸術作品のように語られる。
たとえば「友愛数」の解説。「私」の誕生日「228」(2月28日)と博士の腕時計に刻まれている「220」という2つの数字。それぞれの数の約数の和が、もう1つの数字になるという数少ない「友愛数」を博士は“友愛数は神の計らいを付けた絆で結ばれ合った数字”と説明してくれる。日常生活と無限に広がる数の世界が、一分の疑問もなく完璧に融合していくことの美しさ。数ってこんなにもロマンチックだったのかと気づかせてくれる。「数学」や「数式という感情が入り込む余地の少ない題材を、作者は物語の主役にすえることに見事に成功している。
しかし一つだけ残念だったのが、オイラーの公式の美しさを説明するくだりだ。
オイラーの公式とは以下のように示される。
(e^(π * i)) + 1 = 0
確かにこの公式は美しい。数学の中でもっとも基本的な定数である"e"(自然対数の底)、"π"(円周率)、"i"(複素数)、そして数の基本単位 である自然数の"1"、"0"とが、これほどまでにシンプルな形に収束するなんて、正に「神がかっている」と言っても過言ではない。「数学史上、最も美しい公式」と呼ばれるのも当然である。しかしこの公式の本質的な美しさは、極座標表現や微積分計算、あるいは電子回路の位相成分の振る舞いへの応用など、あくまでも機能的な美にある。いくら字面の美麗さだけを褒め称えても、この公式の魅力の半分も表現していないのである。
まあそこまで本気で説明すると、一冊の数学書が出来上がってしまうわけで、小説の本来的な道筋を大きく逸脱してしまうのも事実ではある。このあたりのさじ加減は難しいわけだが。
ともあれ、こうした数学云々はともかく、”恋愛”と“人を愛おしいと思い慈しむ”という事の違いをここまでわかりやすく描いてくれた小説はなかなかない。クリスマスに読むにはもってこいかも。
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