そんなわけで日本に帰還が決まったわけである。6 年弱北京に住んで、今や特に思い残すことはない。とは言うものの、日本に帰ったらなかなか喰えないであろう、この地ならではのものが北京には多くある。北京にいるのもあとわずか。今のうちに喰えるものは喰っておきたい。
ということで、日本に帰るあと一ヶ月の間に喰えるものは喰っておこうというのがこの企画である。第一弾は羊肉のしゃぶしゃぶ。
北京には羊肉のしゃぶしゃぶ屋がたくさんあって、私が住んでいる近所にも何軒かある。それらは薄切りの羊肉を、白湯か唐辛子がたっぷり入った辛い鍋に泳がせ、色が変わった程度に火が通ったら薬味を付けて喰うというスタンダードなスタイル。いわゆる涮羊肉(シュワンヤンロウ)というやつである。その手のしゃぶしゃぶも大変美味いが、どうせ最後なんだし、薄切りじゃなくて肉厚タイプ(こちらでは肥肉という)をたっぷり喰いたい、ということで、鼓楼橋近くにある羊肉しゃぶしゃぶ屋にいってみた。
ちなみに北京の料理で真っ先に思い浮かぶのが北京ダックだろうか。日本で北京ダックというともの凄く高級というイメージがあるが、確かに北京の北京ダック屋にも高級店はある。しかし多くは普通の人が普通に喰える庶民の味であり、実際、家族が集まると連れだって喰いに行く光景が普通に見られる。
そしてさらに庶民的なのが羊肉である。北京は地理的に内モンゴルと近く、また中国西方から来たイスラム系の人たちも多く住んでいる。それらの人々は肉と言えば羊。そういうことも影響があるため、豪快に串焼きにしたり鍋料理にしたりして北京の人たちは実に良く羊を喰う。特に冬になると羊に脂がのってくる、いわゆる旬であり、ぐっと旨味が増す。また中医的にも羊肉は身体を暖める作用があるとのことで、北京の人にとって、死ぬほど冷える北京の冬に羊肉鍋は欠かせない料理となっている。
話が飛んだが、さて羊肉鍋。まずは前菜に内臓をいただく。
内臓をざっと茹でたものだと思われるが、これをちょっと濃いめの味噌だれに付けて喰う。コリコリした食感にプリプリのゼラチン質が噛み合って実に美味い。日本人的にはこれとご飯があれば十分晩飯になる。
店の壁に貼ってあった内臓部位の図。一部も無駄にせず、余すところ無く喰うのだ。
そして真打ち、羊肉。脂が適度に乗って艶々しており、食欲をそそる。これだけ見ると量的にはちょっと少なめに見えるが、喰ってみると結構ある。この日はこれともう少し赤身主体の肉を一皿と豆腐、菜っ葉など喰ったが、二人で腹一杯になる。
鍋はこのタイプ。鍋の内部に灼熱した炭が入っていて、スープが轟々と沸騰している。そこに適当に肉やら野菜やらを放り込んで胡麻味噌のタレに漬けて喰うわけである。この日もおもてはそれなりに寒かったが、鍋を喰っているうちにどんどん体温が上がり、しまいには暑くてたまらなくなる。やはり寒い北京の冬には羊肉鍋が最高である。