先週のある日、朝いつものように会社に行き、自分のデスクに座って Macbook Pro をカパっとあける。私は Macbook Pro はいつも使い終わった後にいちいち電源を落とすことはせず、LCD を閉めるだけのスリープ状態にして運用している。Macbook Pro はスリープからの復帰が異常に速い(ほぼ一秒以下)ので、大変使い勝手がよく、気持ちが良いのだ。
LCD をカパっとあけた後は、いつもの通りの見慣れたデスクトップ画面が現れる。はずなのに、いつまでたっても画面は漆黒の闇を映すだけである。しかし私は慌てず騒がない。Macbook Pro はごくまれにスリープからの復帰に失敗することがある。たいていの場合、もう一度 LCD を開け閉めすれば直るのだ。直るのである。だが直らない。何度やっても直らない。ううむ、これは本格的に復帰失敗か。でもこういうこともたまにある。仕方がないので電源ボタンを長押しして再起動する。特に編集途中のファイルなども無かったし、ここのところスリープばかりでホットスタート(電源の入れ直し)をやっていなかったから、余計なゴミファイルもたまっているかもしれん。良い機会である。
しかし電源を入れ直しても、相変わらず画面は真っ黒のままなのだった。何回やっても状況は変わらない。強制終了(パワーボタン長押し)しては C キー長押し起動で DiskWarrior のデスク起動をしてみようとしたがダメ。Sift キー長押し起動でセーフブートでも変わらず。D キー長押しでディスク検証も試してみるが、やはりどうやっても LCD 画面に何も表示しない。だんだん嫌な予感がしてくる。これは何か重大な問題が発生したか。
まず疑わしいのは HDD のクラッシュである。しかし筐体に耳を近づけると HDD が動作している微かなカリカリ音は聞こえてくるが、クラッシュした HDD 特有の異音(ガリガリ音)はしない。キーを押すとスピーカからタッチ音も出る。どうやらなにがしかの初期動作は行っているようだ。となると、どうもこれはどこかの物理的なトラブル、おそらくは表示系のどこかが壊れた可能性が高い。こいつは大変困った。
何が困ると言って、なにしろこの Macbook Pro が無いと仕事が何も出来ないと言うことである。仕事上の様々な資料は全てこの中にあるし、ネットに繋げないとメールの読み書きも出来ない。もちろん万一の時のためにデータ類はフルバックアップを取ってあるが、諸々の都合上、バックアップデータは自宅に置いてある。また会社には余分な PC は一台もない。自宅に帰れば何台か PC があるので、それとバックアップデータを使えば何とか最低限仕事はできる。しかし、やはり使い慣れた Macbook Pro でないと効率が甚だしく落ちる。早く直さないとあちこちに支障が出るのは間違いない。何はなくとも早く修理に出さねばならぬ。
で、どこに修理に出すかである。そういえば北京にも昨年 Apple Store が出来たのだった。私も何度か行ったことがあるが、たしか二階にジーニアスバーもあったような気がする。おそらくそこで修理の受付もやっていると思われる。だが場所は三里屯。会社からは結構遠い。しかし今はそんなことを言っておれん。同僚の PC を借りてネットで検索すると 10:00 開店とのことなので、早速向かう。
それにしても表示系の故障だとして、考えられるのは何かの拍子にマザーボードが逝ってしまったか、あるいは LCD 自体が壊れたか。いずれにせよ大がかりな修理になることは間違いない。Macbook Pro を買って、早二年。とっくに保証は切れているし、もし保証期間内だとしても購入したのは日本だったので、中国で保証は効かない可能性が高い。というか、そもそも日本で買ったものを中国で直してくれるのだろうか。
渋滞する三環を抜け、ようやく三里屯の Apple Store にたどり着いた。二階に上がり、ジーニアスバーにいた店員に事情を説明すると、修理自体は問題なくやってくれるとのこと。いや良かった良かったとほっとするのもつかの間、午前中は修理客が溜まっているので対応は午後、それも三時過ぎにならないと受け付けられないという。なんだそれは。修理にも順番待ちがあるのかよ。と、憤っても仕方がない。しかし午後三時までまだ五時間近くある。ここで待つには長すぎ、かと言って一度会社に帰って車でまたやって来るのもどうか。仕事もたまっているし、そうそう何度も会社を抜けられない。
というか正直言って気力が失せた。明日の開店一番、午前十時なら修理予約できるとのことなので、予約して帰途につく。途中自宅に寄り、かみさんの Macbook とバックアップデータが入ったポータブル HDD を持って会社に帰る。とりあえず当座はこれでしのぐしかない。
今一つ扱いづらい Macbook で何とか仕事をこなしつつ、そういえばと思いネットを検索してみると、Macbook Pro のビデオカード(GPU:グラフィックプロセッサ)には潜在的な問題があることがわかった。Apple の公式サイトにも「MacBook Pro:ビデオ画像が歪む、またはビデオが表示されない問題」なるページがあった。要約すると以下である。
- NVIDIA GeForce 8600M GT グラフィックプロセッサを搭載した MacBook Pro コンピュータで問題が発生する可能性がある
- MacBook Pro (17-Inch, 2.4GHz)には NVIDIA GeForce 8600M GT が搭載されている
- 対象となるコンピュータは、2007 年 5 月 ~ 2008 年 9 月に製造されたもの
私の Macbook Pro は 17inch モデル、買ったのは 2007 年 8 月。どんぴしゃである。ど真ん中ストライクである。さらにネットを調べてみると、同じようなトラブルに見舞われた人は結構いるらしく、状況も私と同様、ある時突然画面に何も表示されなくなるというものばかり。おそらくこれに違いない。
しかし既知の問題とは言え、おそらくマザーボード全交換となるのは必至。となると修理代はいったいいくらかかるのか。ボード全取っ替えだとすると、日本円で十万円コースだろうか。
だが先ほどの Apple のページをよく読むと、「購入いただいてから 3 年以内に不具合が発生した場合は、MacBook Pro の保証期間終了後も無償で修理いたします」という一文を発見。おお、ということはタダで修理できるのか。
しかしここは中国である。たとえ公式サイトに書かれていても、その通りになる保証はどこにもない。いかに Apple Store とは言え「そんなのは知らんから修理代よこせ」という事態になることも十分に考えられる。念のため件のページを日本語と英語でそれぞれプリントアウトし、「証拠」として持って行くことにした。ちなみに Apple の日本語サイト、英語サイトにはこの情報は掲載されていたが、何故か中国語サイトでは発見できなかった。一抹の不安がよぎるが、少なくとも英語で書いてあれば読めば分かるだろうし、それでもゴネられたら修理済みの Macbook Pro を強引に奪ってトンズラしようと決意する。
明けて翌日は直接 Apple Store へ。受け付けてくれた店員にトラブルの事情を説明すると、店員はおもむろに機械を取り出した。Macbook Pro の Firewire ポートに接続されたそれは、大きさも形も外付け HDD そっくりだが、表面に「Diagnostic System」と書かれている。Mac に接続して自己診断を行い、結果を記録して吐き出すものらしい。
結果はやはり GPU の問題であった。GPU はマザーボードに直付けされているため、基板ごと全交換とのことである。でも幸い基板の在庫があるのですぐ出来ますよ、と店員はにこやかに言う。おお、そうなのか。場合によっては修理に一週間ぐらいかかることも覚悟していたので、すぐに出来るというのはもっけの幸い。
しかし問題は修理代である。案の定ボード交換である。全取っ替えである。高そうである。いや間違いなく高い。でもでも中文サイトには載ってなかったが英語サイトにはタダで修理できると書いてあったぞほれほれこれが証拠じゃ、とポケットに忍ばせたプリント紙を取り出し、店員の鼻っ面に叩きつけようとしたその時、耳に聞こえた一言である。「免費(タダ)」。
結果的には Apple のサイトに書いてあったとおり、無償修理となった。しかも修理も迅速に終わり、機械を預けたわずか二時間後には修理完了との連絡が来た。素晴らしい。いやもちろん PC が壊れたのは困るが、その後のフォローは素晴らしいじゃありませんか。
ということで、外側はそのままながら、中身はすっかり入れ替わった我が Macbook Pro。まだまだ現役で頑張ってもらわなければならんのである。