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アフリカ・コンゴに怪獣を探しに行ったり、アマゾン川の源流を求めて下流から遡ってみたり、はてはミャンマーのゲリラ部族に潜入してアヘン中毒になったりと、世界の辺境を求めて旅するライター高野秀行の自伝的小説。
早稲田の三畳間ボロアパートで赤貧ライター生活を送っているタカノ青年のところにある日、「エイリアンのレック」と名乗る女性から新聞にコラムを書いてくれと、電話が入る。エイリアンとはいったい何だ? と聞き直すとどうやらタイの女性らしい。折角だし面白そうだからと行ってみると、そこはアジア各国から日本にやって来た人たち向けに、現地の情報を紹介する新聞を何紙も出してる新聞社であった。台湾から来たという 31 歳の女性が社長の会社で、名前は「エイジアン」社。“エイリアン”ではなく“エイジアン”だったのだと気づく間もなく、よくわからないままに仕事を引き受ける。
しかしそこはタイ、台湾、ミャンマー、インドネシア、マレーシアの五カ国分の新聞を一手に発行する新聞社であるにもかかわらず、編集長もいなければ編集会議もなし。もっとも新聞といってもほとんどミニコミ紙に毛が生えたようなもので、ブロック状に仕切られたスペースに字数もフォントもバラバラなコラムがゴタゴタに詰め込まれていたり、日本語とタイ語のページが半々だったりと、日本の新聞の常識がまるで通用しない。出稿されている広告も日本語のチェックがされておらず誤植の山。さすがにこれはマズいのでは、とタカノ青年が指摘すると、そんなに言うのだったら編集顧問になってくれとその場で頼まれてしまう。さすがはアジア人、思いついたら即断即決と驚きながらも受けてしまう。
こうして始まった奮闘の日々を描いた高野秀行の小説が本著である。タイやらミャンマーやら台湾やらインドネシアといった言葉の新聞が並んでいるから「屋台村」と言えるが、タイトルの真の意味はそれとは違うらし。とにかくこの「エイジアン」新聞社は、まずは新しいメニュー(記事、コラム)を出してみて、評判が今ひとつだったら引っ込め別のメニューへと切り替え、評判が良ければそのまま看板にしてしまうという、いかにもアジアの屋台商売的感覚がここにはあるということの例えとのこと。
そんなごった煮の屋台のような新聞社でのあれこれを通して描かれるのが、運転資金やら法律やら将来性やら社会的体面やらを心配してなかなか事に踏み切れない日本人的感性と、アジアならではのビジネス感覚、ライフスタイル感覚との比較である。せめてもうちょっとは普通の新聞社にしようと新規に雇用した日本人の編集幹部が、給料が遅配になった途端にあっさり辞めてしまう。しかし他のアジア人スタッフは新聞社以外にも別の副業を持っていて、というよりはどちらかというとそちらが本業で、将来はなんとかそちらの方面で喰っていこうと奮闘しつつも、今は新聞の仕事もまあまあ楽しいので、給料が遅配になっても気にせず新聞作りに励む。
また、台湾語版新聞の重要なスタッフとして紙面作りに励みながらも、実は裏で密かに根回しして独立、ライバル紙を立ち上げてしまう女性も登場して、会社に忠誠を誓う日本人と、「チャンスがあれば一発当てたる」という、いかにもアジア人的感覚とのズレを垣間見せる。誰かのため、会社のために仕事をするのではなく、自分のために仕事をする。誰かに居場所を与えてもらうのではなく、自分で居場所を切り開く。だから苦境も貧乏も厭わない。そんなエイジアン的生き方を、タカノ青年の目を通して読者は知るのである。
ストーリーは抜群に面白く、随所にギャグがちりばめられたいつもの「高野節」も健在で、どのエピソードもリアルだしどの登場人物も生き生きと描かれている。だが初の小説、しかも自伝的というか、どこまでフィクションでどこまで本当か分からないように書いたからかどうか知らないが、なんとなく行間から「照れ」のようなものが伝わってきて、いつもの弾けっぷりが幾分少な目なのが残念。
ちなみに最近の高野氏は、伝説の未確認生物を求めてトルコのワン湖に遠征。そしてついに奇妙な物体を目撃、ビデオ撮影にも成功してしまったという。これから魚類研究者に映像を見てもらったり、ビデオをコンピュータ解析してくれるところを探そうかと思っているとのこと。結果次第では何かとんでもないことになる、かどうかは全然わからないが、いやもうなんつうか、やっぱりこの人最高ですわ。
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