宇宙の果てまで―すばる大望遠鏡プロジェクト20年の軌跡 小平 桂一 早川書房 2006-05 売り上げランキング : 60276 おすすめ平均 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
日本が世界に、というより人類が宇宙に誇ると言っても過言ではない「すばる望遠鏡」。ハワイ島にそびえ立つ標高 4000m のマウナケア山頂に、その世界最大級の一枚鏡による望遠鏡を作り上げた一人の天文学者の 20 年に渡る記録。
すばる望遠鏡そのもの自体は、新聞やテレビなどで報道されることが多いのでよく知られていると思う。そういえば以前「プロジェクトX」でも取り上げられ、それなりに話題にもなった記憶がある。その 400 億円の巨費と 20 年という年月をかけた一大プロジェクトの、立ち上げから望遠鏡完成まで関わっていた人の記録である。これが面白くない訳がない。
最初は「もっと遠く、宇宙の果てまで見てみたい」という学問上の欲望から始まった。そのためにはどうするか。巨大な望遠鏡を作り上げる。夜空ばかりを見ていた天文学者の決意から物語は始まる。そして作るのであれば日本人の手による日本の施設として。しかし観測上の条件から日本国内ではなく海外に。実現に向けて走り出したはいいが、どこから手を着ければいいのか。夢物語を現実のものとするためにクリアしなければならない問題は山積みである。無理解と無関心を熱意と策略によってはねのけ、そして前代未聞のプロジェクトゆえに立ちはだかる法律の壁をなんとか乗り越え、そしてなによりも資金が、それも正に国家予算級の莫大な金額が必要となる。まずは必要性を社会に向けて語る。そして霞が関と折衝し政治家を説得し、ありとあらゆる俗事と関わりつつ、一つ一つマウナケア山頂へのステップを登っていく。単なる研究者だった筆者が、その研究者人生を半ば捨ててまで望遠鏡完成に向けて奔走する。著者は本書の中で何度となく「この望遠鏡が何の役に立つのか」と自問自答する。その答えはネタバレになるのでここでは書かないが、「宇宙の果てを見たい」という純粋な欲望が、それを形をとるためにはどれだけの論理を必要とするかが分かる。
山頂での建設も終わり、ついにファーストライト(試験撮影)が行われる。その予想以上に素晴らしい星像を見た 90 歳の老天文学者が「もう観測は諦めていましたが、やっぱり観測をしたくなりました」と語るシーンは感動的だ。
本書は望遠鏡完成までの記録ではあるが、同時に一人の夫として、そして父親としての記録でもある。筆者はドイツ留学中にドイツ人女性(ウタさん)と結婚し、合計三女の父になっている。日本の大プロジェクトにまつわる美談の多くは、どちらかというと家族をないがしろにし、仕事だけに全力を傾けるという話が多い。ところが小平家の場合は違う。家族があったからこそ 20 年におよぶプロジェクトを乗り切ることが出来たのだ。
ちなみに著者の次女は小平桂子アネットさん。ちょっと前に NHK の夜のニュースでスポーツ担当をしていたので知っている人も多いだろう。また NHK-BS や ESPN の WRC 番組では長年キャスターを担当していたので、特にモータースポーツファンならなおのことご存じだろうか。その美貌はもちろん、モータースポーツに対する豊富な知識と自ら現地に出かけて丁寧に取材した体験から湧き出でてくる的確な解説やコメントで、WRC マニアたちのアイドル的存在であった。現在は結婚し育児中ということで、久しくブラウン管上ではお目にかかっていないが、是非ともまたモータースポーツ番組に復帰してほしいものである。
幾多の困難の末、今世紀初めに完成したすばる望遠鏡は、今も順調に稼働し毎月新しい発見を発表している。つい先日も、銀河の誕生を彩る巨大ガス天体と宇宙初期の大規模構造を発見したとの報告がなされたばかりだ。それによると、120 億光年かなたの宇宙に銀河の三次元巨大フィラメント構造が存在することを突き止めたという。120 億光年。正に「宇宙の果てまで」見通しているわけである。
ガンダムもドラえもんも鉄腕アトムも、チューブの中を走るエア・カーも海底超特急マリン・エクスプレスも、残念ながら未だ実現していないが、すでにこの世界には、そして日本には「すばる望遠鏡」がある。素晴らしいことだと思いませんか。
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