獣の夢 | |
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「レフトハンド」や「quarter mo@n(クォータームーン)」、「アリス―Alice in the right hemisphere」など、ウィルスやネット社会、脳科学を題材に、独特のアイデアと手法でミステリ・ホラー小説を描いてきた中井拓志の最新作。先日の(と言っても一ヶ月前だが)日本出張の際に読了。
北陸のとある小学校で、些細な事故で亡くなってしまった少年を、クラス中の人間がバラバラに切断、屋上から投下したという、かつて起きた集団死体損傷事件。そのおぞましい事件から 9 年後、その小学校の屋上に再び死体が転がった。警察の捜査にもかかわらず、まったく手がかりがないままマスコミの報道だけが過熱する。捜査に参加した科警研の捜査員は、ネットの暗闇に巣くう「9 年前」の事件を神格化する一団を見つけ出す。彼らと事件との係わりは。そして 9 年前の事件の首謀者として、いまだ施設に収容されている美少女が口にする「獣」とは一体何か。
この小説を読んでまず気になるのは、その文体である。「で、」とか「ていうか」などを多用し、まるでライトノベルズのような軽い文体で凄惨かつ不気味な事件を語る。しかも語り部たる視点が作中登場人物の一人称のようで、しかし俯瞰した三人称視点のようでもあり、一体誰が語っているのか今一つわからない。さらにその語り口が論理的のようでいて、しかしときに支離滅裂になったりする。これは語り部が精神を病んでいるのか、あるいはもしかして読んでいるこちらに狂気が感染してしまったのか。軽口なのに気色悪い。軽いからこそ薄気味悪い。まるでどこかの病院の地下室で、ぶっ飛んだ目をした病人の話を聞いているような心地悪さ。読み進むにつれてどんどん不安な気持ちにさせられる。
ただ、そうして語られる事件も、なんとも焦点が曖昧で最後のカタルシスもない。もっとも、おそらくこれは作者の意図したところであるだろうし、そもそもこの物語の主題は「文脈の取り違え」なので、きっちりとした解決も派手な結末も必要ないのかも。それでもせめて何故 9 年前に子供達がバラバラにした死体を屋上から撒き散らさないといけなかったのか、ぐらいは描いてほしかった気もする。あれって死んだハムスターの葬送だったのか?ということは「花」の代わりってことなの?ううむ、よくわからん。こういう読後のモヤモヤ感も計算のうち、だとしたら凄いけど。
それにしてもこの小説を読んで改めて思うことは、とかくこの世は「獣」に満ちあふれているということである。どこぞの国のサッカー・ワールドカップの狂騒も間違いなく「獣」だよなあ。
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