私の知人のことなのだが、ある夜、自宅でくつろいでいた彼は、居間で痛飲した後そのまま寝入ってしまった。その時、左手を腕枕にして横向きのまま、前後不覚の状態で朝まで熟睡してたという。翌朝起床してみると、左腕が肘から指先まで完全に麻痺し、手首から先がだらりと垂れ下がった状態だった。
二日酔いも一気にぶっ飛び、すぐに近くの整形外科医院に駆け込んで診察してもらったところ、ついた診断は「橈骨神経麻痺」。診察時に左手の握力測定をしたら、かつて 60㎏ 以上あった握力はわずか 6㎏ になっていたそうだ。
橈骨神経は末梢神経系の一種で、上肢を下方に向かって走っており、上腕の裏側にある三頭筋を動かし、手首を伸展させ、手首及び手の運動と感覚をつかさどっている。橈骨神経は、たとえば松葉杖の不適切な使用や椅子の背に長時間にわたって腕を掛けることで、直接圧力がかかることによって傷つくことがある。知人の場合も、夜から明け方にかけて長時間腕枕をしていたため、自らの頭の重さによって橈骨神経が圧迫され、麻痺を起こしてしまったらしい。通常であれば長い間腕枕をしていれば腕がしびれて眠りから覚めるなり無意識のうちに姿勢を直すなりするはずだが、酩酊状態で深い眠りに陥ってしまっていたため、気がつかずにそのまま眠り込んでしまったようだ。
そういえば先日、バンドを復活させて新譜も発表した MEGADETH の Dave Mustaine 氏も、二年前に同様の状態で橈骨神経麻痺を発症し、長い間ギターを弾くことができなかったという。ちなみにこの橈骨神経麻痺の回復には、はやくて 3 ヶ月、平均 8 ヶ月もかかってしまうといわれている。深酒の代償としては、あまりに大きい。
それにしても人間の体というのは不思議なものである。たとえば免疫システムのように、外界から体内に侵入する様々な未知の病原菌やウイルスに対抗できるよう、そのほとんどが無駄とも言える冗長度の非常に高い防御機構を持っている(この研究で利根川 進 博士がノーベル賞を取った)一方で、たった一系統の神経が麻痺しただけで腕が動かなくなってしまうという脆弱さも併せ持つ。飛行機の油圧装置や原子炉の安全システムなど、危険度の高いクリティカルな制御系統には二重、三重の冗長性を持たせるのが常識だが、生物を設計したどこかの誰かにはこういう思想がなかったようである。組み込みシステム系技術屋の観点から言わせてもらえば、こんなのは明らかに設計ミス。リコールものだ。どこぞの自動車会社のように、ヤミでもいいから改修してくれないだろうかダメですかそうですか。
ちなみにこの橈骨神経麻痺のことを、英語では「Saturday night paralysis」、つまりは「土曜日の夜の麻痺」というそうである。土曜日の夜、調子にのって深酒をしたあげくに泥酔して寝っ転がり、朝起きたら腕が動かない。海の向こうにもそういう人は多いのだろうか。その昔、貝原益軒は著書「養生訓」の中で「酒は半酔に飲めば長生の薬」と書いている。土曜の夜にお酒を飲む時は、くれぐれも気をつけられたい。
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