二十三年前、どこにでもいる平凡な中学生だった私は、BEATLES マニアの友人から借りてきたレコードをターンテーブルにのせて、買ったばかりのギターを手に、来る日も来る日も彼らの曲を練習する毎日だった。すでにその当時からハードな音源を求める気質があったのか、彼らの中期~後期のメランコリックな代表曲にはほとんど興味がなく(と言うより理解できなかった)、「Twist and shout」や「I saw her standing there」といった、まだ彼らがリバプールのパブにたむろするただの不良だった頃に書かれたバンド初期のロックンロールナンバーばかりを好んでコピーしていた。このほんの少し後に DEEP PURPLE の「Highway star」を聴いて私の人生はガラリと変わることになるのだが、せいぜい日本の歌謡曲程度しか知らなかった私をロックの道へと誘うには、THE BEATLES というバンドは十分に偉大な存在であった。
ジョン・レノンがニューヨークの路上で、狂気に満ちた銃弾に倒れてから二十三年。いろいろな意味で世界は変わった。彼が忌み嫌った戦争の、その大きな原因の一つであるイデオロギー的対立は世情の流れとともに無意味化し、東西冷戦時代はとうの昔に終結した。しかし一つの紛争の火が消えても、また別の諍いの火種が必ず現れる。相も変わらず人は人を憎み、陵辱し、殺し合う。張りぼての正義と狂った大儀の名の下に、今日も世界のどこかで、誰かの赤い血が流れ続けている。世界は確かに変わった。だが何も変わっていない。人と人とが憎しみあう炎のゆらめきが、この世界から完全に消え去ることは、きっと永遠にこないだろう。
優れた音楽は、人の心を豊かにし、人生に彩りを添える。音楽は時に鼓舞し、慰め、勇気づけ、人の心と人生を様々に変化させていく力を持つ。人が変われば、きっと世界も変わる。だが音楽家が千枚のアルバムを作るよりも、数機の飛行機を乗っ取ってビルに突っ込むだけで、一日にして世界はたやすく変わってしまうことを我々は知ってしまった。
「Love & Peace」を掲げ、「想像してごらん」と世界中の人達に語りかけるような音楽で世界を変えようとしたジョン・レノンの試みは、皮肉にも音楽には世界を変えるほどの力がなかったことを、逆の意味で証明してしまったのかもしれない。でも想像してみよう。国も、宗教も、財産も、欲望も、空腹も、天国も地獄も何もなく、ただ青い空が広がっているだけの世界を。
世界は変わった。だが何も変わっていない。だがたとえそうであったとしても、彼の残した作品の輝きが消え失せてしまうわけではない。
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