「疫病神」 黒川博行:新潮文庫
建設工事にまつわる「強請(ゆすり)」や「たかり」、はたまた工事妨害による嫌がらせなど、いわゆるところの暴力団対策のことを、建築・建設やゼネコンの業界用語で「サバキ」と言うそうである。知ってましたか。私は知りませんでした。これも一つのオトナ語の謎ってやつですか。
主人公は、この「サバキ」の斡旋で生計をたてる建設コンサルタントの二宮。とある産廃処理場建設をめぐる「サバキ」に関わるうちに、思いもよらないトラブルに巻き込まれる。有象無象の金に目がくらんだ悪党どもが次々とあらわれ、「堅気」の二宮ひとりではとても相手にできそうもない。そんななか、極道・桑原が行きがかり上にパートナーとなり、お互いがそれぞれの「疫病神」のような関係になりながらも、悪党が描いた金まみれの絵図を解き明かすべく大阪の街を駆け回る。ワル対ワルの緊迫感と、コテコテの大阪弁が随所にあふれるエンタテインメント小説。
基本的には産業廃棄物処理場の利権の裏側を暴きだすヤクザ物語で、こう書くといかにも社会派か任侠ものかという印象になるところだが、実際に読んでみるとこのイメージとは全然違うものを感じるはずである。どいつもこいつも一癖も二癖もあり正に味のあるキャラクタ達と、そんな彼らが交わす、思わず笑ってしまう大阪弁会話の妙で、変にドロドロになったり暗くならないのが良い。ただし、物語の核心である利権絡みのプロットがとにかく細かく、全体の犯罪構造を理解するのにやたらと苦労する(文中に相関図が出てくるが、これを見てもすぐにはよく分からない)。ヤクザ的リアリティを追求するとこうなったのかもしれないが、あともうちょっとシンプルであったら、物語によりスピード感が出たような気もする。
ところで、これがよくあるヤクザ小説や竹内力が主演の OVA のノリの物語だったら、作中で軽く二十人は死んでそうだ。しかしこの小説では、これだけむき出しのギラギラとした欲望が渦巻き、暴力シーンも山ほど出てくるシチュエーションなのに、「人がひとりも死なない」のである。小説や映画の世界ではともかく現実の極道業界では、ヤクザ同士の丁々発止のやりとりとはいえ(だからこそなのか)仮に勢い余って「殺し」てしまうと、それはもう個人間の諍いではなく、組織同士の大戦争になって収集がつかなくなってしまうらしい。作中でも語られるが、ヤクザ同士のもめ事は全て「金」でケリをつけるそうだ。なんだか妙に生々しくてリアリティがありますなあ。
それにしても、絶体絶命の状況に追い込まれながらも、ボケとツッコミの会話を平然と続ける主人公二人に、大阪人の神髄を見る思いである。
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