「グラン・ヴァカンス 廃園の天使 I」 飛浩隆 :ハヤカワ J コレクション
この本が巷で話題になっていたのは一年も前だが、今頃ようやく読了。あいかわらず世間の流行にとんと疎い読書ライフを送っている私である。
ネットワーク上のどこかに存在する、仮想リゾート「数値海岸」の「夏の区界」は、人間の「ゲスト」が金を払って行くことのできるヴァーチャルな街。南欧の港町を模し、そこで暮らす AI がゲストを歓待する。ところが、「大途絶」と呼ばれる出来事があった 1000 年前から、ぱったりとゲストが街を訪れなくなった。それから千年間、ずっと同じ夏の日を AI たちは繰り返し過ごすのであった。
「リゾートSF」とでも言うべき摩訶不思議な設定で書かれる物語は、この永遠の夏の日が終わるところからはじまる。この世界に突如、「蜘蛛」と呼ばれる侵略者が現れ、そこに住む AI たちと、そして夏の区界自体の「空間」を次々に「喰」っていく。そしてなんとか生き残った数百の AI が、絶望的な抵抗を試みる。
このどこか不条理感漂う設定は素晴らしいの一言。外の世界で何が起こったのかまるでわからず、人間たちに与えられた設定(キャラクター)を演じ「終わりなき夏休み」を生き続ける AI たちの姿はあまりに哀しい。ただそうした様々に設定された登場人物たちや、美しい南欧風の景色が、物語が始まってたいしてページを繰らないうちに次々と蜘蛛に消されていくため、失われていく風景を惜しむ暇も、登場人物に十分に感情移入することもままならない。もうちょっと最初に「タメ」というか、引っ張りがほしかったような気がする。逆にこのあたりは敢えてさらっと流すことで、不要な「お涙ちょうだい」を廃したかったのかもしれないけれど。
ともあれ、なんでも本書は三部作の一冊目なのだそうで、次作にも期待したい。ちなみに本書の表紙が、いかにも「南欧の夏休み」という感じで大変美しい。是非とも本屋で手に取ってみてほしい。
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