夕方会社で仕事をしていると、かみさんから携帯に電話がかかってきた。そういえば今日かみさんは中国語教室がある日。その後、友達と出かけてくるとか言っていたような気がする。買い物に行けなかったから晩飯は外で喰おうとかなんとか、そんな話かと思ったら全然違った。家に帰ったらガラスが割れていたという。
今住んでいるマンションには、居間とキッチンの間にガラス戸がある。普段は開けっ放しにしており、ほとんど開け閉めすることはないのだが、そのガラス戸が全面にわたってヒビだらけになっているという。なんだそりゃ。なんでそんなところのガラスが割れるんだ、と思った刹那、即座に頭に浮かんだのは泥棒。うぎゃーす、ついにやられたか?
すぐさま家の中をチェックして盗まれた物がないか確認してもらう。しかし別段何もなさそう。居間のテーブルの上に放置してあったノート PC もそのまま置いてあるし、寝室のキャビネットの中にある金庫も無事。そもそも誰かが浸入した様子もなさそう。うちのマンションの入り口には警備員とフロントのスタッフが常駐して不審者を監視しているし、仮にそこを突破したとしても階上に昇るエレベータも専用カードが無いと動かせない。家の玄関もカードキーによるオートロックで、ピッキングもまず不可能。各部屋の窓も簡単に開かない仕組みになっており、バルコニーもない。さらに言うと我が家は 24 階建ての 9 階。外から壁を伝っての不法侵入も、普通に考えれば到底無理である。そんなことができるのは特殊部隊かスパイダーマンぐらいなものか。となると、とりあえずは泥棒の線は無し。マンションのフロントと不動産屋の担当者に連絡して、通常勤務を終えて帰宅。
エレベータを降り、家の前まで来ると何やら騒がしい。家の中に入ってみると、フロントスタッフや掃除のおばちゃんやらが総出でガラスの片づけをおこなっているところだった。なんでもヒビだらけのガラスをこのままにしておくわけにはいかず、とりあえずは割って撤去しようということになった。しかしこのガラス戸のガラスは、車のフロントガラスのように細かくひび割れるタイプだったらしい。とりあえず箒の柄でガラスを叩いてみたところ、一気に崩壊。破片が部屋中に飛び散ってしまったという。いやあの、そりゃ当たり前というか、そもそもガラスを割る前に下に何か敷物を敷くとかそういう配慮は、と呆然とする私を尻目に、おばちゃん達は掃除機やら箒とちりとりやら雑巾やらでテキパキと破片を片づけていく。
いやしかし、見事に割れたものである。今やガラス戸は縁の部分にわずかなガラスの破片が残るばかり。あとは全て砕け散ってしまった。それにしても朝、家を出る時は何の異常もなかったし、最近このガラス戸を開け閉めした記憶はない。誰も入った形跡もなしとくると、いったいどうしてこんなことになったのか。
ガラス戸の大きさは、高さ 2m、横幅 70cm ほどとかなり大きい。こんな大きなガラスが全面ひび割れになるぐらいだから、相当大きな衝撃が加わったはずである。あとはたとえば何らかの理由によりガラスに細かい傷が付き、その割れ目が時間とともに成長。そしてこれまた何かの弾みで限界を超え、ついに全面ひび割れに至った、というストーリーも考えられなくもない。しかし最近ガラス戸にぶつかった記憶はないし、何かをぶつけた覚えもない。
あとは共振現象はどうか。どこかで発生した低周波が、たまたまガラス戸の共振周波数と一致。振動によって哀れヒビだらけの憂き目に。まあ可能性としてはなくもないが、限りなくゼロに近い気がする。そんなに都合良く共振現象が起きた日には、マンションの他のガラスも割れて良さそうなものだ。ううむ、さっぱりわからん。とボーっと考えつつ靴を脱いで部屋に入ろうとしたら、「ちゃんと靴を履いてないと危ないでしょ!」とおばちゃんに怒られた。す、すいません。と思わず恐縮するわたし。つうか、ここ、俺んちなんですけど。
とりあえずは後かたづけも終わり、枠だけになったガラス戸も撤去された。替わりの扉は明日持ってきて交換してくれるという。
しかしガラスが割れた原因は何だったのか。まあ考えてもわからんものはわからん。深く考えるのはやめて、大陸的おおらかさといい加減さで笑い飛ばすのが、正しい中国でのライフスタイルである。
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