北京に赴任することには決まったものの、当然ながら仕事をするにも生活するにも、まずは住むところが決まらないと何も始まらない。そんなわけで先日の北京出張の目的の一つは、赴任後の住居を探すことであった。仕事の合間をぬい、現地の不動産屋に紹介してもらった四つの物件を見て回った。
ちなみに中国で私のような外国人が借りる賃貸物件の場合、基本的には家具付きで、さらに家賃の中にガス、電気、上下水道の基本的な光熱費と電話料金(国際電話はのぞく)、そして最近ではネットの接続料金まで含むことが一般的である。そしてもちろん家賃は全て会社持ち。ありがたやありがたや。ま、それも踏まえて。
まずは物件 1。こちらは北京市内の大使館街にあるマンションで、北京でも比較的古くから外国人向けに賃貸していたところらしい。以前は大使館に勤務する外交官が住んでいたこともあるとのこと。大使館街だけあってさすがに警備はかなり厳重で、建物の敷地内に入る門には警備員が常駐し、部外者の立ち入りを厳しくチェックしている。
と、安全面はかなり安心できるのだが、いかんせん建物がちょっと古めかしく、内装も主に欧米の人間向けに作られているので全てが大振り。天井がやたら高いのは開放感があっていいのだけど、日本人の感覚からするとちょっと開けっぴろげすぎという感じ。たとえて言うならヨーロッパあたりのちょっと古いホテルみたいな案配か。実際、住んでいるのもほとんどが欧米系の人達だそうである。まあどうせ異国に住むなら思い切ってこういうところを選んでみるのも一興だが、純血日本人の私なぞはなんだか落ち着かないような気がする。ということで、こちらはパス。
続いて見たのは物件 2。ここは北京でも老舗の日本人向けマンションで、日本の不動産屋が日本人のため(だけ)に作った物件。さすがに日本人向けに作っているだけあって、ホスピタリティに抜かりはない。マンション内には日本食レストランや日本の食材を扱ったスーパーはもちろんのこと、日本人医師が常駐した立派な設備を持った総合病院、はては漫画喫茶(もちろん置いてあるのは日本の漫画)まである。フロントも 24 時間日本語対応が可で、部屋に引き込まれているテレビは NHK-BS や民放系 CS の他に、地上波のフジテレビや日本テレビも放映しているという。日中ここで生活する奥様のために各種のサークル活動や、近所の大型スーパーまでの送迎バスもある。ううむ、噂には聞いていたが正に至れり尽くせりの環境である。ここに住めばほとんど日本にいるのと変わらない生活を送ることもできそうだ。当然ながら入居者は 100% 日本人。そりゃそうだわなあ。
しかし困ったことに大きな問題がある。多くの日本人が生活する巨大マンションで、いわば一つの閉鎖的な村社会を形成しているところだからなのか、聞くところによると、どうも入居者内での奥様方の序列が存在するらしいのである。どこそこの大企業の重役クラスの奥様が幅をきかせ、中小会社の平社員の奥さんを見下す。運転手付の車で超高級デパートに乗りつける我が身を誇り、送迎バスに乗って買い物に行く普通の奥さんをバカにし、村八分にする。まるで安物の昼ドラマかレディース・コミックのような信じがたい世界だが、実際にここではそうした風潮が平然とまかり通っているそうである。本当にあるんですなこんなことが。
もっとも入居している皆が皆そうではないだろうし、自分がエライと激しく勘違いしている性悪オババは無視すればいいだけのこと。しかしここで生活する以上、多かれ少なかれそうした人種との接触は避けられないし、無用なトラブルに巻き込まれないとも限らない。なにせ七面倒くさい人間関係が大嫌いなのがハマダ家の血。これさえなければ内外の環境を含め、とりあえず最初に住むところとしてはまずまずな物件ではあるのだけれど、残念ながら仕方なし。よってここもパス。しかしまあそれにしても序列ですか。お前ら一体何様だ?会ったことないけど。会いたくもないが。
残る物件は二つ。正直言ってどちらも甲乙付けがたい。まずはそのうちの一つ、物件 3 は、これも北京では有名な外国人向け高層マンションで、安全面も問題なし。立地条件的にも「北京の六本木」と呼ばれる繁華街に近く、また大きなデパートが近くにあって普段生活する上では困ることはなさそう。付帯設備的にも豪勢なジムやプールもあり、入居者に日本人も多いこともあってフロントは日本語も通じる。さらにマンションの敷地内には北京で一番美味いと評判のパン屋もあって、パン好きの我が家としてはこれもポイントが高い。
ただし肝心の部屋が、ちょっと今一つなのである。広さとしては問題ないが、紹介されたところは全て北向きで少し暗い感じなのだった。もっとも北京はいつもガスっぽくてカラッと晴れた日はそれほどないし、そもそも埃も多いので窓を開けっぱなしにすることも出来ず、北向きなのも問題は少ないような気もする。それでもやっぱり部屋が暗いのはどうか。かみさんたっての希望である猫の飼育が不可なのもマイナスポイント。また、収納スペースがほとんどないのも、物が多い我が家にはちょいと厳しい。
実はここは下見に来る以前から目を付けていた物件で、もし出来るのであればここに住んでみたいと思っていたのだった。だが実際に見てみると残念ながら決定打には欠けるというところ。これも予算の関係で、もしかしたらもう少し金をかければもっと良い部屋があるのかもしれないけれど。自分で金を出すわけじゃないのに言いたいこと言ってますが。
対して物件 4。こちらも立地条件的には申し分はない。マンションが建つ近辺には北京市内でも有数のビジネス街があり、地下鉄の駅も歩いていける距離にあるから、ちょっとした買い物や足をのばした観光なぞにも便利。普段の買い物も近所に欧米系や地元の大型スーパーがある。こちらも生活する上で困ることはなし。
で、何と言ってもここの最大のポイントは、建物が新しくて綺麗なことである。なにせ出来たのが昨年の九月だから、正に新築ホヤホヤという感じ。最新の物件だからか内装もかなり凝っていて、黒基調のシックな家具が配置され、調度品は北欧系メーカを採用。照明なぞもオシャレなデザインでやたらとかっちょいい。全体的にコジャレたニューリッチ層向けアーバン系マンションといったところか。付帯設備としても最新のジム設備やサウナも建物の中にあって、もちろん入居者は無料で使用できる。肝心の部屋は南向きで広さも十分。さらに猫オッケーなのも評価高し。収納スペースも十二分にある。
ただしこちらの物件にもマイナスポイントがある。それは日本語が全く通じないこと。元々が特に日本人向けと銘打っていないためか、フロントや付帯設備は基本的に中国語、もしくは簡単な英語のみの対応なのである。まあこれも仕事や生活をしていけば嫌でも中国語のレベルは上がるだろうから、要は慣れの問題であり大したことではないような気もするが、しかし暮らし始めや「イザ」という時には若干の不安は残る。ううむ。
と、間取り図やらネットから仕入れた情報やらで、ああでもないこうでもないと吟味に吟味を重ねること一週間。最終的には物件 4 でいくことに決定した。確かに物件 3 は立地条件や周辺環境は魅力ではあるが、やはり肝心の住む部屋がもう一つであることは否めない。対して物件 4 も日本語が通じないというマイナス要因はあるけれど、それはそれ、気合いで乗り切ればなんとかなるはず。何と言っても、どうせ住むなら新しくて綺麗なところの方がいいものなあ。
ということで、住むところも無事に決定したわけである。あとは引っ越しの準備か。こちらの方がよほど問題ありそうだが。