「偶然の祝福」 小川洋子 :角川文庫
オーストラリア旅行中、行きの成田の本屋をブラブラしていたら、棚に平積みされていたので購入。ちょっと前までは小川洋子の本が平積みになるなんてあまりなかったような気がするのだが、やはり「博士の愛した数式」のヒットで注目されているのだろうか。
本作は七つの短篇が入っていてそれぞれが独立した作品だが、主人公が同じなので短篇連作集、あるいは章立ての整った一つの長編小説として考えることができる。主人公は、犬と赤ん坊と暮らしており、世界中が自分に背を向け、自分が書いた小説など誰一人として読んでくれない、と何故か考える作家。この主人公が最初はかなり鬱が入っており、しかもそれぞれの作品に登場する人物は、誰もが偏執だったり妄想癖があったりと、およそ世界の中心にはいられないようなちょっと変わった人達ばかり。もしかしてその手のダウナーな小説なのかとおもったらさにあらず。いずれの作品も完成度はとても高い。
これらの中では、子供の頃に家にいたお手伝いさんのキリコさんについて書いた「キリコさんの失敗」、病気になってしまった犬と子供を連れて雨の中を歩き続ける「涙腺水晶結石症」、執狂的な読者にストーキングされる「エーデルワイス」、それと刺繍する老婆との交流を描いた「蘇生」がお気に入り。いずれの作品もストーリーはどこか幻想的で不思議な別世界のようで、それでいて氷のように脆くて繊細な雰囲気にあふれている。クリスタルを連想させるような、透き通る美しい文章を書かせたら今、小川洋子に敵うものはいまい。そんな気がする短編集である。
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